つくろうとしている人間の形

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ツイッターで知り合い、出発前から色々と助けていただいた方にメルボルンでお会いしました。
初めてお会いする気がせず、この街のことから社会のことまでピクニックをしながらお話しました。

その中で一際印象的だったのが
日本とオーストラリアの学校ではつくろうとしている人間の形が違う、という言葉。
さしずめ日本の教育で作ろうとしているのは、上からの指示をよく聞く、機能的でできるだけ文句が少なく内側で堪えられる我慢強い人、でしょうか。

皆が一律のリクルートスーツで就職試験に行き
聞かれる「あなたの売り、強みは何ですか」 という言葉の違和感。

こども時代に輝かしい多様な道を通ってもたどり着く場所がそこだと思うと気が滅入ります。日本で一番儲かっている会社の一つ、優秀で学業以外にスポーツや文化活動に励んだ学生が難しい就職試験を勝ち抜く電通で、新入社員の方が過労で自殺してしまうような社会。またそれを契機に社会全体が、それを改善しようする方向に向かうこともありません。

手塩にかけて育てたこどもを、過労で失くしたい親がいるでしょうか?

疲れ果てて電車で眠るサラリーマンに、自分のこどもをしたいとは思えないだけなのです。

それを「とはいえ」仕方ない。これが生きていく道、と受け入れることが、わたしにはもうできないようです。わたし自身に対しても、そして大切な家族へも。

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by grosgrain | 2016-12-07 07:45 | メルボルン滞在記 | Comments(0)

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